●スーパーFJの誕生 1980年、スバルのFF乗用車の水平対向4気筒エンジンとトランスミッションを使ったフォーミュラカーレースのカテゴリーとしてFJは誕生しました。スバルのFF乗用車は水平対向エンジンを縦置きする構造上、市販車そのままエンジンとトランスミッションを使ってミッドシップと出来ることがFJが誕生した理由でもありました。もちろん、市販車に積まれる1.6リットルのOHVエンジンをそのまま使う訳ですから、パワーはたった100馬力に過ぎませんが、非常に手頃だったため、レースへのエントリーカテゴリーとして、FJは日本で定着することとなりました。 日本中のほとんど総てのサーキットでFJは開催され、市場規模は100台以上と考えられています。日本のレース産業の中で、価格はともかく、台数的に最も大きなマーケットはFJであると言えるでしょう。
しかし、市販車の常で、1990年代に入ると、肝心のスバルのエンジンとトランスミッションがモデルチェンジしてしまいました。しばらくの間、在庫のエンジンとミッションを使ってFJは行われましたが、2007年FJに置き換えるカタチで、新たにホンダフィットの1.5リットル直列4気筒エンジンと戸田レーシングが開発した縦置きトランスミッションを組み合わせたカテゴリーが新設されました。これがスーパーFJです。
FJ同様鉄パイプを組み合わせたスペースフレーム構造ですが、側面衝突に備えてフレーム外側に鉄パイプ製のバンパーを取り付ける一方、フレーム側面には鉄板を貼ることが義務付けられています。 2007年、初めてスーパーFJが登場した時、台数が揃わなかったため古いFJと混走することでレースは行われました。現在スーパーFJは独立して開催されていますが、2009年までFJも並行して開催され、2010年より全面的にスーパーFJへ移行することとなります。 ●東京R&Dの逆襲 RD09Vの登場 JMIA会員企業の東京R&Dは、2007年スーパーFJが施行されると同時にFV202スーパーFJを登場させました。残念ながら、最初の東京R&D製スーパーFJは平凡なポテンシャルしか発揮出来ませんでした。2010年には全面的にスーパーFJに移行するため、東京R&Dでは、慎重にニューマシンの開発に取り組みました。東京R&Dは従来モデルのFV202を改良するのではなく、完全にニューマシンとして開発を進めました。 東京R&Dのエンジニア達が最も重要であると判断したのは、長めのホイールベース、良好な前後の重量配分、高い剛性を発揮しながら重心が低いフレームを実現することでした。
スーパーFJの場合レギュレーションによって、後タイヤの中心からエンジン後面までの距離を260mmとすることが決められています。長いホイールベースを求めると、エンジンより前部でホイールベースを延ばさなければなりませんが、それでは、前後の重量配分がリア寄りとなってしまいます。そこで、ほとんどのコンストラクターはドライブシャフトに後退角を付けて、後タイヤとエンジンの位置は変えないで、重いトランスミッションの位置を少しでも前寄りとすることで、多少なりとも前寄りの重量配分を実現しています。搭載されるエンジンが、重心の高いホンダフィットの量産車用エンジンであることもあって、スーパーFJの場合、ドライブシャフトは上下にも角度が付いています。
つまり、他のカテゴリーのように、エンジンとトランスミッションの間に分厚いベルハウジングを設けて、重いエンジンの後方でホイールベースを延ばして、前寄りの重量配分を実現することは出来ません。
クルマの構成要素の中で、エンジンの次に重いのはドライバーです。しかし、単純にドライバーを前寄りにレイアウトしてしまったら、クルマの重心付近に位置するエンジンとドライバーの間が空いてしまって、前後の重量配分そのものは良好となっても、重量物がクルマの重心から離れて存在してしまい、慣性重量の面では悪化してしまいます。
しかし、ドライバーを最近のF1でポピュラーなように、より寝そべった着座姿勢とすると、ドライバーが前後に長いスペースでレイアウトされることとなって、より前寄りの重量配分とすることが可能です。しかもドライバーが低い位置に存在するため、重心を引き下げることも可能となります。ドライバーが前後に長いスペースで存在する訳ですから、物理的にホイールベースを延長することともなります。 この結果、旧型のFV202より10cmも長い2,350mmのホイールベースを実現しながら、より低い重心と良好な前後の重量配分を手に入れました。
ホイールベースが10cmも長くなるとフレーム剛性の確保が心配となりますが、CAEを活用して慎重にデザインを進めた結果、素晴らしい剛性を実現出来る可能性が出てきました。 さらに東京R&Dでは、画期的に剛性を向上させるポイントを見出していました。先に述べたように、スーパーFJの場合、エンジン後面と後輪タイヤ中心の間隔は260mmに過ぎません。そのためベルハウジングは非常に幅の薄いものとなります。幅が薄いことから、従来のスーパーFJマシンのベルハウジングは鉄板を溶接して作られていました。鉄板の溶接構造で充分な剛性を発揮するのは困難と言うべきです。 東京R&Dは、丈夫な鋳造アルミニウムによってベルハウジングを作ることとなりました。アルミニウム製ですから、丈夫なだけでなく、より軽く仕立てることも可能です。旧型のFV202と比べると約2倍のねじり剛性を実現することが可能となったようです。 ちなみに、この鋳造アルミニウム製のベルハウジングは一足前に登場しました。JMIAが推進するF20プロジェクトは、1月に3台のプロトタイプカーを公開しました。東京R&Dが開発したF20には、彼方此方に斬新なアイデアが盛り込まれていましたが、スーパーFJで使われた鋳造アルミニウム製ベルハウジングが使われていました。
また、スーパーFJに参入しているコンストラクターの中で風洞を所有しているのは東京R&Dだけです。東京R&Dでは慎重に風洞実験を行ってニューモデルの開発を進めました。 120馬力のパワーであっても、最高速度は220km/hを超えます。経験と勘だけに頼ってデザインを進めるのと比べて、風洞実験を行いながらデザインを行うのでは大きな差が生じるのは当然と言えるでしょう。
こうして完成したRD09Vは今年鈴鹿のスーパーFJシリーズに登場しました。たった1台、西本直樹のドライブで参加した開幕戦ではポールtoフィニッシュでデビューウインを飾って、2台が参加した第2戦では1→2フィニッシュ、先日行われた第3戦では、さらに1第増えて3台となって1→2→3フィニッシュで表彰台を独占しました。 西本直樹は、開幕戦から総てポールtoフィニッシュで3連勝です。
●出る杭は打たれる 開発体制を覗いただけでも、東京R&DのRD09Vが速いのは容易に理解出来ると思います。現在の状況を見ると、今年RD09Vが参加するスーパーFJレースにおいて、他のマシンが勝つ可能性はほとんど無いかもしれません。スーパーFJはワンメークレースではなく、自由競争のカテゴリーですから、非常に好ましい状況であるハズですが、勝ち目の無いクルマを売った他のコンストラクターにとっては大問題です。 そこで、あまりに速いRD09Vの何処かに何か違反が存在しないか?言葉を変えると、あら探しが行われることとなりました。
レーシングカーを開発する場合、レギュレーションブックの隅々まで解読して、レギュレーションブックで禁止されていない部分を探り当て、開発に反映させることは当たり前のことです。RD09Vの開発に際してもあらゆる可能性が検討され、いくつかの新しい取り組みが具体化されました。
重箱の隅を突くようにあら探しをしていた(RD09Vの成功を快く思わない)人たちは、レギュレーション上あやふやな部分を2つ発見しました。1つは、サイドバンパーの内側に段差を設けてデザインされたサイドポンツーンです。もう1つは、完全にカバーされたエアインテイクカバーでした。
RD09Vには、ちゃんとレギュレーションで装着が義務付けられたサイドバンパーが取り付けられています。しかし、サイドバンパー部分の内側に通常のサイドポンツーンは存在して、サイドバンパーのみを別にカバーしています。まじめに風洞実験を行った東京R&Dの技術陣によって、最良の空力性能を実現出来るようデザインされた結果なのでしょう。 レギュレーションブックの何処にも書かれていませんが、「サイドバンパーだけを別にカバーするのは違反だ。サイドポンツーンは一体でなければならない」と主張するコンストラクターが現れました。 続いて、完全にカバーされたエアインテイクに文句を言いました。 RD09Vのエンジンカバーは、後端のリストリクターまで完全にカバーしています。もちろん、それではリストリクターが空気を吸うことが出来ませんから、リストリクター後方部分の周囲に穴が開け、その穴を通してリストリクターは空気を吸い込んでいます。 文句を言った人物の主張は、エアインテイクカバーの周囲に開けられた穴からカバーに入った空気が、カバーの後端部分に当たって前方に跳ね返って、ラム圧効果を与えられてリストリクターが効果的に空気を吸い込んでいると言うことのようです。 風洞実験を行っても、そのような特殊な状況を再現するのは非常に困難です。仮に、そのようなラム圧効果を得ることが可能だったとしても、レギュレーションによって禁止されていない訳ですから文句を言う方に無理があると言うものです。 *注:ラム圧については、レギュレーションブックには一切記載されておりません。しかし、エンジンユニオンとの会議の席で口約束された事実があるようです。
これらは全く根拠もなく、正当性もない言いがかりにしか過ぎません。しかし、このような噂を立てられては、速いRD09Vを買おうと検討していたチームやドライバーが、RD09Vの正当性を疑うことにもなりかねません。 もっとも、このような無理難題を吹っ掛けたコンストラクター達の狙いは、まさにRD09Vの営業妨害を狙ったものだったでしょうから、東京R&Dでは直ちに調査を始めました。
誰とどのような話し合いがもたれたのかは定かではありませんが、最終的にFJ協会はRD09Vの総てが合法であることを認める一方、2010年度のレギュレーションにおいて、このようなサイドポンツーンとエアインテイクカバーを禁止することを決定しました。 また、これも理由は定かではありませんが、今年合法と認められたはずのRD09Vは素早く2010年のレギュレーションに合致させて第3戦に登場しました。 しかし、第3戦に登場した3台の2010年仕様のRD09Vは、1→2→3フィニッシュを飾ってしまったのですから、RD09Vの評価はますます高まることとなりましたが、さてさて、次はどんなごり押しが用意されているのでしょうか?
今年いっぱいでFJが終了するため、今後100台近いスーパーFJの大きなマーケットにおいて販売合戦が繰り広げられることとなります。 JMIAでは、廉価なカーボン・モノコックを開発してFJやF4への導入を推進しています。 しかし、驚くべきことに、この安全性向上の流れにも異を唱える人たちが存在します。それは、このRD09Vに言いがかりをつけた人たちですが、これらのあまりに姑息な思考回路と低い安全性への意識と技術レベルの低さは今後のスーパーFJの発展振興にも大きな足かせとなるでしょう。 このような理不尽な運営が改まらない場合、この機会に、幾つかのJMIA加盟企業もコンストラクターとしてFJ、F4に参入することを目論んでいます。 もし、童夢やムーンクラフトが参入した場合、その総てのマシンは、より速く、より美しく、そしてより安全なレーシングカーを実現することでしょう。 その結果、二度と今年のスーパーFJのような不可解な状況が生まれることが無い環境に生まれ変わることを切に願っています。